先週の金曜日、奈良国立博物館に松帆銅鐸の展示を見に行ってきました。
特別陳列でお水取りの展示をしていました。その一角に名品展と称して松帆銅鐸が!!
昨年末に淡路島に行ったとき、収蔵施設である南あわじ市の玉青館がリニューアル中とかで、松帆銅鐸、見れませんでした。
リニューアル工事が終わったらリベンジするぞ!
と思っていたら、向こうから来てくれました!(・∀・)
兵庫県以外では初めての展示だそうです。
しかし、松帆銅鐸は出土後わりとすぐに奈文研に保存や調査のために預けられたんじゃなかったかな? という意味では奈良は松帆銅鐸にとって第二の故郷的な場所ではないかと思います。
2015年、偶然のことから見つかった松帆銅鐸。
砂採り工場の砂の中から入れ子状態(2個1組)のもの3組と、破片1個体の計7個。
工場の人が発見してすぐに関係機関に連絡してくれたおかげでこの大発見になりました。
しかもこの入れ子の銅鐸たち、中に舌(吊るして音を出すための棒)と舌と本体をつなぐ紐が残っていたんですよ。
松帆銅鐸は銅鐸の中では古いタイプの銅鐸(菱環鈕式1、外縁付鈕式6)です。
淡路島ってのはおもしろいところで、古いタイプの銅鐸はたくさん出ているんですが、新しくなると状況がよくわからなくなります。
畿内(大阪湾)の入り口をふさぐように横たわっている島です。
弥生時代の淡路島の立ち位置というか、興味深いです。
まったく予期していなかったことで、歓喜しました。
ちょうど1年前にレンタサイクルを借りて行っているんですよね。
ここもまた不思議な立ち位置の古墳で、初期ヤマト政権の大王たちの奥津城、柳本古墳群のど真ん中、しかも三角縁神獣鏡が大量出土した黒塚古墳のすぐそばなんですが、23面出土した銅鏡の中に三角縁神獣鏡(いわゆる卑弥呼の鏡)がなかった、という不思議な古墳です。
遺体を埋納した形跡もない、ということなので、ふつうのお墓としての古墳ではないのかもしれないですね。
そこから出土した鏡の一部が見れたのはよかったです〜。
しかし、もう一度見に行きたい。今度はちゃんと書くもの持って行こう。
せっかくお金を払って入館したので(笑)、常設展示のほうも見てきました。
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