広島出身。
操縦。中攻→艦爆。
入隊直後の氏名入り班写真。
8班。
操偵検査。
操縦専修生集合写真。
予科練卒業。
雄飛の松と一緒に。
飛練・大村時代。
木更津にて大型機修了。
その後、佐伯にて艦爆操縦への転科教育。
2月初めに31空に配属。
予科練卒業時の寄せ書き
「香川 安藝」と署名があるので、たぶん香川さんだと思うんですよね。
香川県出身の安藝さんはいないので。
香川さんの戦死に関しては、以前に中西クロちゃんのところで書いています。
再掲します。
松浪清さんが手記『命令一下、出で発つは』の中で紹介しているクロちゃんのエピソード。
大鷹時代の話です。
17年9月上旬、トラック島に上陸しての休養中の話。
『さて、第二日のことである。この日の思い出は、痛恨きわまりない悲しいことで、終生忘れ去ることができない』
この一文で始まるできごとです。
『「おい、松ちゃん。今晩はおれにつきあってくれんかい?」後ろから、一期先輩の中西一飛曹が声をかけた』
このあとに、前回紹介したクロちゃんの人柄が紹介されています。――要領のいい男で・・・・うっかりすると騙される――と。
『「なんですか、中西さん。今日はいやに神妙ですね?」
「いや、松ちゃん。ちょっと内密の話があるんだよ」彼は、私を部屋の隅に呼んだ』
話というのは、クロちゃんの同期生の安田一飛曹のことだったのです。松ちゃんに絶対に秘密だと念を押したうえで、安田兵曹が一度アメリカ軍の捕虜になったことを明かします。
クロちゃんが松ちゃんに語ったことのいきさつはこうです。
『安田一飛曹は、艦上爆撃機の偵察員で、マニラの第三一海軍航空隊に所属していた。三一空はバターン半島戡定後、連合軍最後の拠点コレヒドール島要塞の反復攻撃をくりかえしていた。このコレヒドール島の攻撃で、安田機は、地上砲火をうけて撃墜された。いっしょに攻撃に参加した列機の話では、安田機は急降下爆撃中に被弾、紅蓮の炎とともに黒煙を長くひいて墜落して行ったという』
マニラとコレヒドールは目と鼻の先なのでたとえ被弾したとしても、島外に出れば日本の占領地域。それができなかったのは、被弾したときに操縦員がやられたからだろう、と列機は報告したそうです。
安田機は自爆したことにされ、当然、搭乗員も戦死扱い。
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