門田岸男(広島県 19年9月12日 比島 戦闘306飛行隊)
『ラバウル時代しばらく一緒にいた。相変わらず茶目っ気を発揮して、ときどき叱られていたようだった。後日、紫電改部隊、戦斗三○一飛行隊に転任した際、菅野隊長から「門田兵曹は実に勇ましい男だった。その最後は衆人の目前で、数機を相手に超低空で奮戦し、よくその二機を撃墜したが、超低空のため自分も椰子の木に触れ、壮烈な戦死だった」 その戦斗ぶりが目に浮かびます』
この、門田(もんだ)兵曹が椰子の木に掛かって戦死した邀撃戦のとき、K上飛曹は列機だったらしいのです。
「1番機・門田兵曹、2番機・丙飛出身の・・・・、3番機がわし、4番機が今井」
今井進さん、『紫電改の六機』の。
門田さんは離陸直後から低空をかっ飛ばして行ってしまい、列機とはぐれてしまったみたいで、K上飛曹はその最期をご覧になられていないとのこと。
スタバではいろいろお話うかがいました。
ここに書けることも書けないことも。いや、ノートにすら書けないようなことも(^◇^;)
バスでもお話しできるかなーと期待していたのですが、思ったより混んでいて移動不可能でした。
というのも、わたしが全部チケット手配したあとでK上飛曹から、
「ママさん、愛媛、一緒に行こうや(^o^)」
とお手紙が来て、
「もう、チケット全部取ってしまいました(>_<)」
ということで、席が続きで取れなかったのです。
途中のサービスエリアで休憩したときにちょっとお話しできただけでした。
梅田に着いてからサプライズがあったんですけどね(笑)
それはまた今度。
一度にたくさんのことがありすぎたので(笑)、個別に記事立てるつもりでいます。
とりあえず、通しでのご報告はこれにて終り。
今回は愛媛の人たちのあたたかいおもてなしで、本当に充実した旅になりました。
再会も、新たな出会いもたくさんありました!
ありがとうございました!!
そして、来年もまたよろしくお願いします!( ^o^)ノ
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