元神雷部隊で、片桐兵曹のことをいろいろ教えて下さった搭乗員さんからのお手紙に、豊後水道の思い出が書かれてありました。
19年の年末に、大分基地に1週間滞在して、空母「鳳翔」、標的艦「攝津」以下の偽敵艦隊相手に零戦で突入訓練をした、というお話です。
冬の豊後水道は暗くてなかなか”敵艦”を発見できず、つかまえられたときは嬉しかった−ということが書かれてありました。
ハハアン・・・・、↑(画像)こんな感じか。
この画像は、4、5年前の12月末、パパママ一家が愛媛の八幡浜から大分の臼杵までカーフェリーで移動したときに船上から写した写真です。
ママはその時はひたすら、紫電改で散った6人の冥福を祈りながら、空と海を眺めていたのですが、よくよく考えたら、この光景はかれらが見た光景(20年7月24日)ではなく、神雷の隊員たちが見た光景だったのですね。
搭乗員さんのお話では、季節によって海や空の様子はまるで違うようです・・・・。
お手紙に豊後水道での訓練のことが書かれてあったので、ママは、
「ちょうど年末に撮った写真がある、これ送ってあげよう」
と印刷して送ってあげました。
お返事が来ました。
一目見て、冬の様子だとおわかりになったみたいです。
大変喜んでいただけました。ママも嬉しい(^o^)
今回は、年末の訓練のときの様子が詳細に書かれてありました。
(ブログで紹介したいと申し出てあるので、お名前も出してかまわないと思うのですが、いままでの慣例上、「元桜花搭乗員のSさん」ということにしておきます・・・・。個人特定されては困る、という意図ではありません)
その日は低い雲が密閉して太陽光線を遮り、海上が真っ暗だったそうです。
一緒に訓練に上がった他の機があきらめて引き返す中、Sさんはあきらめずに探していると、雲間から太陽が海上を照らしているわずかな部分を見つけ、そこにマッチ棒を横に置いたような形の”敵艦”を発見することができました。舷側が光っていた、と。
1番艦の鳳翔は前日に”攻撃”したので、この日は2番艦の攝津を狙ったそうです。
Sさん、海面ギリギリの低空飛行で接敵して、初めて間近に見る攝津をいろいろ観察。煙突やら砲塔やら艦橋やら。
艦橋の前を通り過ぎたときには、艦橋にいた人の顔が見えたそうです。
Sさんのお手紙では、この訓練は有意義な訓練で会得することも多く、それなりに楽しみながらされたようなのですが・・・・。
これも、桜花で敵艦に突入するための訓練と思うと、何ともやるせない気持ちになります・・・・。
さて、この大分基地での訓練。
特攻訓練なので秘密訓練かと思いきや、どうも外部と通信できたようなのです。
Sさんも、九州におられたお兄さんに、面会に来るよう電報を打ったと書かれていました(ただ、Sさんの場合、行き違いになり、このときは会えなかったとの こと)。
片桐兵曹のいとこさんが、「大分に面会に行ったことがある」と回想されているので、もしかしたらこの時のことかも知れません。
Sさん(愛媛)も片桐兵曹(福岡)も、ふるさとの近くに戻ってきての特攻訓練・・・・。
どんな心持ちでいたのかなあ・・・・。
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